水色あひるblog

はてなダイアリー 「mizuiro_ahiruの日記」 から引っ越しました。

不正と義務の紙一重

女子中高校生がアイプチを使って二重まぶたを作るとします。「あの子は本当は一重のクセに、アイプチで二重のフリをしている」と言われる時、アイプチは「ズル」つまり不正です。しかしアイプチ、あるいは透明テープやらファイバーを使う技法も増えて多くの人が二重にするようになると、規範が変わっていきます。「ていうか、なんで二重にしないの? すればいいじゃん」
腫れぼったい目蓋を可愛くする方法がそこにあるのに、なぜ実行しないのか?。むしろ、一重放置のほうが間違っているのではないか? 努力不足ではないか?と。不正と言われていたものが義務に変わります。

歯列矯正も似ています。不正ではありませんが、20世紀の終わりごろまで日本で歯列矯正は一般的ではありませんでした。しかし矯正する人が増えると、子を持つ親はしかるべき年齢になれば検討せざるを得なくなります。子もまた、整った歯列を「あって当たり前の物」と考えるようになります。やがてアメリカのように、矯正されていない歯列は家庭の貧困を示すスティグマのようになっていく潮流です。

その延長線上に美容整形も乗っているかもしれません。タレントの「整形疑惑」がゴシップのネタになるのは、これを「ズル」だと考える勢力がまだ大きいことを意味しますが、一方で整形している人は着実に増えているように思えます。カミングアウトする人もポツポツ現れており、「なんでしないの? すればいいじゃん」派は拡大しています。
化粧をするように、ドレスアップしたときは足を細く長く見せるためにハイヒールを履くのが当然であるように、アイプチするように、いつかは目頭切開も鼻筋にプロテーゼを入れることも顎を削ることもすべて義務になっていく。「ブスなのに何故整形しないの?」が、「出社するのにスッピンはおかしいだろ」と同じニュアンスで語られる。そんな未来を想像します(注1)。

異常だったタクシー市場

Youtubeは、当初はコンテンツの不正なアップロードが批判されましたが、やがて企業は自ら進んでCMをアップし、ミュージシャンは公式MVをアップし、映画会社はトレイラーをアップするようになりました。日本のテレビ局キー局5社も今月、見逃し配信する無料サービス「TVer」を立ち上げることになりました(注2)。ネット上にコンテンツを上げることは、不正から義務になっています。

CDに握手券や投票券をつけることを批判するミュージシャンもいますが、音楽自体はネットで手に入る時代に単なるCDに金を払えと言う方がおかしく、付加価値をつけることは義務かもしれません。

Uberは白タクを手配することで各国の既得権側と摩擦を起こしていますが、重要なことは免許の有無ではなく、Uberがタクシーに需給のマッチングを生み出したことで、結局、配車アプリは世界で急速に普及しています。
都市部のタクシーは従来、道路で流しを拾うか、駅前等のタクシー乗り場に並ぶかしていましたが、これはとてもおかしな制度でした。例えば回転寿司屋で席に座ったら最初に流れてきた皿を(それが何のネタであっても)取る、ということはありませんし、電機屋でテレビを買うときにテレビの在庫と客がそれぞれ列を作って、あなたは七番目に並んでいたからコレを買えと、メーカーも選べず押しつけられることもありません。タクシーはマッチングの方法がなかった為、「運まかせ」という異常な契約を余儀なくされてきました(注3)。
その為タクシー会社側も、料金やサービスで努力しても客は流れてきた車に乗ってしまい報われにくい、不毛な市場でした。
これからは、タクシーの料金は一社一社違って当然でしょう。価格を気にする人は激安のXタクシー・Y交通・Z社の三社に絞ってアプリで検索すれば良く、逆に「安タクシーはドライバーの質が悪いんだよな」と思う人は、大手タクシー会社A交通の「黒車両」限定で検索するとか、あるいはタクシー会社に関係なくドライバーの評価が「星4.5以上」でフィルターかけて探しても良い。
タクシー一台一台に「身障者対応のスキルあり」とか「中国語できます」「車両はBMWで後部座席にはオットマンとマッサージ機能付き」「ワンメーター歓迎」といったタグをどんどんつけていけば、マッチングは向上します。回転寿司で好きなネタを選ぶように。
乗ってみるまでどんなドライバーに当たるかわからない、という恐ろしい市場は消えて、配車アプリは義務になります。
あと数年もすれば、若手社員に「昔はさぁ、道路脇に突っ立って腕上げて『タクシー来ないかなー』ってずっと待ってたんだよ」とか説明しても「なんすか、それ。ヒッチハイクっすか?ww」とか鼻で笑われてしまいます。あ、でもシェアライド・アプリが普及したら、ヒッチハイクという概念が消えてしまうかも。そうなったら有吉弘行氏が若い頃、どれほど苦労して旅をしたか若い人に説明できなくなるのでしょうか?

パラリンピックとオリンピック

南アフリカ共和国に、オスカー・ピストリウス氏というアスリートがいます。短距離走者で、両足義足です。彼は2004年アテネパラリンピックの200mで金を取った後、2008年北京オリンピックへの出場を目指します。しかしIAAF(国際陸上競技連盟)は義足の推進力を理由に却下。これを不服とした氏はCAS(スポーツ仲裁裁判所)に提訴。結論は「出場可能」。北京は参加標準記録を越えられず出場できませんでしたが、2012年のロンドンオリンピックに出場を果たします(個人種目の陸上男子400mでは準決勝2組で8位の結果)(注4)。
私はしかし、IAAF側の見解に賛成です。義足の技術は進化しており、いつかパラリンピックの記録がオリンピックを抜くときが来るでしょう。中には「2020年の東京五輪で逆転する」という大胆な予想を出す方もいます(注5)。
もし逆転が実現し両者の記録差が広がっていくと、オリンピックの表彰台は義足選手に独占されるようになります。そうなると、どうしても勝ちたい健常者は自分の足を切り落として義足化することが合理的になります。義足化して勝てる保証はありませんが、生足のままでは到底勝てないなら、義足化が必要条件、つまり義務になります。メダルのために健常な足を切ることが倫理的に許容できないならば、オリンピックにおいて義足は(あるいは普遍的に言って義体化は)不正である、と規定せざるをえなくなるでしょう。現在のドーピングテストと同様に、無義体化を確認するため選手はCTスキャンでテストを受けるようになるかもしれません。(これは優劣ではなく、両者は異なる競技になるということです。アメフトでは防具をつけるがラグビーではつけない、というような。)
しかし、この分離がいつまで維持できるかは不明です。義足が更に進化し、機能面だけでなく審美的にも生足を越えてきたとします。つまり大根足を切り落として義足化すれば、桐谷美玲氏の足より細く、オリエント工業のドールより滑らかな肌を持ち、吉田沙保里氏より強靱で、100年経っても骨粗鬆症にならないとしたら。一般人の多数派が骨折ともダイエットとも無縁な「足」を謳歌するようになれば、アスリートだけ義足化を不正とすることは人権に反するかもしれません。
まぁ、ここで「銀河鉄道999」と「攻殻機動隊」のどちらを思い浮かべるかで世代が別れるところですが。

イノベーションと不正と義務

イノベーションは、当初は不正を生み、やがて多数派の人々が「それは不正でなく、むしろ義務では?」と感じるようになっていくことが、市場が拡大する一つのパターンのようです。
売り手から見れば、買い手に義務と感じさせる、場合によってはそう思い込ませることが有効であり、他方買い手は「果たしてコレは本当に義務か?」と考える必要があります。
最近で言えば、人が亡くなったときに高い金を払って葬儀をする義務感が薄れて直葬という方法が選ばれるようになったり、金額の多寡で戒名のレベルを買う必要があるのか?、に疑問が呈されるように。

長時間働いて残業代が払われないのは明白に法律違反なのに、サービス残業が「あたりまえ」にされてしまっている日本は、闇が深いですよね。

注釈

(注1)美容整形については、北条かや氏の著書「整形した女は幸せになっているのか」を参考にしました。

(注2)TVerについてはこの記事など→<山本敦のAV進化論 第70回>【インタビュー】民放5社の見逃し配信「TVer」は “若者のテレビ離れ” を食い止められるか? TVerの公式サイトはこちらで、10月26日オープンだそうです。

(注3)タクシーのマッチングについては、はてなダイアリーベンチャー役員三界に家なし」のエントリー「僕が個人タクシーに乗らなくなった理由とサービスの均質化について」が面白かったのですが、今は見れないのでしょうか?

(注4)ピストリウス選手については、wikipedia:オスカー・ピストリウス。あと、こちらのblog「寝ログ」にある→「パラリンピック」が「オリンピック」を超える日、の後のこと が詳しいです。この方は私と同様に「結局、僕はオリンピックとパラリンピックは明確に分けられるようになると思います」とのご意見です。

(注5)2020年逆転説についてはコチラ→「義足ランナーがウサイン・ボルトを超える日」2020年、東京五輪・パラリンピックで”逆転現象”は起こるか?