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水色あひるblog

はてなダイアリー 「mizuiro_ahiruの日記」 から引っ越しました。

水戸黄門に見る、日本人の「支配されたい」願望

月曜夜の人気ドラマといえば?、もちろん「月9」(死語?)じゃぁなくて「水戸黄門」ですよね。今回で第40部・放送40周年だそうです。凄いなぁ…、「ER」のシーズン15なんてまだまだ鼻垂れ小僧ですね。

この「水戸黄門」に、日本人の他力本願な、あるいは誰かに支配されたがる性質が見える気がします。

水戸黄門で40年繰り返されている物語は常に同じで、「庶民は不当な仕打ちを受けても、反撃しない・できない」「腐敗した悪代官や金持ち商人は、やりたい放題」「そこへ水戸黄門が現れて、一気に問題を解決してくれる」というものです。

ここでキーになるのは、善と悪が実は両方とも「体制側」の人間だという点です。権力者が悪事を働くと、どこからともなく「悪の権力を超越した善の権力者」が降臨して庶民を救済してくれるのです。
また、庶民は問題解決のために実は何もしていない(何もできないという前提になっているから何もしなくていい)というのも特徴的です。正義は自ら実現させるものでなく「超越権力者」の支配によって与えられるものなのです。

水戸黄門の40年が、国民に「自民党が腐敗しても国民は我慢するしかない。いつか正義の超越権力者が現れるよ」となだめ続けてきたように思えます。

そして、国民の「超越正義=水戸黄門降臨願望」にがっつりはまったのが、小泉純一郎氏だと私は思うのです。何しろ、自民党所属の議員が「自民党をぶっつぶす!」と啖呵を切ったのですから。同じ自民党の中に、悪の政治家(抵抗勢力)と善の超越権力者がいる構図。国民は小泉氏に夢の「超越正義による支配」を見たのではないでしょうか。

日本人の超越正義による支配願望は、歴史的な経緯も関係しているのかもしれません。黒船来航による明治維新、GHQ占領による民主化、ガイアツによる規制緩和構造改革。どれも正義は降臨したものですから。

小泉黄門の夢が破れた今、国民は一揆を起こそうとしているのでしょうか。
もしも今回の衆院選で国民が自民政権を終わらせた場合、日本人は初めて自分たちの手で悪の権力に反撃した歴史を打ち立てるのでしょうか?。それとも、民主党政権の政策が自民党以上にお粗末で、あるいは自民党に負けないくらい腐敗してしまい、たちまち次の超越正義の降臨を待つ身に逆戻りするのでしょうか?。

ではでは。