水色あひるblog

はてなダイアリー 「mizuiro_ahiruの日記」 から引っ越しました。

若者が出世よりも強く望むもの

例えば毎日コミュニケーションズという就職サイトが調べたこんなデータがあります。

2010年 内定学生 若手社員
出世したいと思わない 15.7% 48.1%
愛社精神があまりorまったくない 19.0% 54.9%

どこまで出世したいか?という問いに、課長まで・部長までなどでなく「出世したいと思わない」と答える若手社員が五割近い。また愛社精神の程度を問うと、非常にorまあまああるではなくネガティブな選択肢二つを選ぶ若手社員が半数以上になる。というものです。
リクルートが高校生を対象に行った調査でも、「将来、会社の中で偉くなりたい」と回答した比率は29.6%しかないというものもありました。
こうしたデータを、今の若者の意欲や野心の低下や「草食化」と分析するのは大人の悪い癖。問題は今の若者にあるとしたがる責任回避であって、若者は出世よりもっと切実な事=死なない事を優先しているだけではないかと思います。

下の表は、厚労省の「脳・心臓疾患及び精神障害等に係る労災補償状況」から、過労死関連の労災請求件数を職種別にカウントしたものです。

5年間で1510人の過労死と792人の過労自殺という人数は、あくまで労災請求された件数なので氷山の一角に過ぎません。労災請求はしなかったけど、身体や心が壊れてしまった人は、この何倍・何十倍といるでしょう。着目したいのは、職種別の比率です。
これを見ると、管理職は「脳・心臓疾患」の9.9%、「精神障害等」の6.3%を占めていることが分かります(黄色着色部分)。これだけ見ると低いように見えますが、問題は就業者比率との関係です。表の右端に挙げた数値は、平成19年就業構造基本調査で調べた各職種に従事する人の割合です。管理職は全就業者の2.7%しかいないのに、脳・心臓疾患の9.9%、精神障害等の6.3%を占めています。
そこで、職種別の労災請求比率を就業者比率で除して、「その職種の人一人当たりの、過労死危険係数」を算出しました。

左のグラフからわかるように、管理職の人が脳・心臓疾患で労災請求する確率(係数3.68)は、ヒラで専門技術・事務・販売・サービス・生産工程労務作業に従事している人(係数0.58-1.01)の約3-6倍になります。管理職に昇進すると、過労死リスクが3-6倍高まるということです。あまり楽しい事ではありません。

話は完全に逸れますが、管理職より遥かにハイリスクな職種があることもわかります。大分類では「運輸・通信(係数6.12)」となりますが、厚労省の資料を見れば一目瞭然、脳・心臓疾患の請求件数断トツ一位は「職種(中分類)で自動車運転者」とあります。トラック業界とタクシー業界で規制緩和した成果が、こんな悲惨な場所にはっきり出ています。

右のグラフで精神障害のリスクを見ると、専門技術職のリスク(係数1.64)はかなり管理職(係数2.33)に近いことが分かります。研究開発職の若手が過重な課題に耐えかねて自殺、なんていうのは、確かに良く聞く話です。それでもなお、ヒラで事務・販売・サービス・生産工程労務作業に従事している人(係数0.63-1.20)と比べると、管理職の過労自殺リスクは約2-3倍あります。

終身雇用と年功序列が守られていた昔は、過酷さの一方で相応の処遇という管理職昇進のメリットもありました。バブルの全盛期にリゲインが「24時間戦えますか?」とCMで唄った企業戦士たちです。でも「名ばかり管理職」が横行する現在では、そんなメリットも消失する一方です。雇用が保障されるでもなく、ロクな処遇も与えられず、過労死リスクだけが跳ね上がる職種を回避しようとする若者は、合理的な行動をとっているだけなのです。

毎日コミュニケーションズの調査でも、内定学生では約85%に出世意欲があるのに、数年働くと約半数が出世忌避に走るのは、現実の管理職の悲惨さを見たからでしょう。愛社精神の消失もまたしかりです。

こうした、出世忌避現象を解消する方策は二つ考えられます。
一つは、管理職の過労死リスクを下げる事です。月160時間残業して脳出血で死んだり、過酷なノルマに耐えきれず電車に飛び込んだりしないで済む、憲法や労基法を守った人間らしい労働環境を与え、また負担や責任に見合うように処遇も改善し、若者が管理職を目指すようにする事です。
もう一つは逆に、ヒラ社員の過労死リスクを上げる事です。ヒラ社員の給与をもっと劣悪にしたり労働管理をもっと過酷にして、ヒラ社員に留まるメリットをなくせば、若者は管理職へと追い立てられるでしょう。
もちろん、第二の選択肢は冗談なのですが、自動車運転手の過労死係数6.12は、日本企業が目指す先行指標のように見えなくもありません。