水色あひるblog

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安楽死法と飾り窓

【続き】オランダには「嘱託に基づく生命の終焉と自殺幇助の審査法」という法律があり2001年4月に可決し、要件を満たしていれば医師が致死薬を注射して死なせることも、致死薬を処方して本人が服用して死ぬことも合法になっています。*1
積極的安楽死*2と自殺の容認は違うと言う声もあるでしょうが、少なくともオランダの場合、70〜80年代に裁判所が出した判例を含めて社会的に議論されてきた安楽死容認基準から「不治の病」「末期」「耐えがたい肉体的苦痛」といった「しばり」は消失し、もっと広範囲な安楽死が容認されています。例えば、認知症であることが判明し、「今後人として尊厳ある生活を維持できない事が精神的に耐えがたい」という理由でもOKです。自殺容認との境界は薄いと言わざるを得ません。

オランダが安楽死容認に踏み切れる「論理」を、自由・自立・自己決定権の尊重という文化風土以外で二つ挙げる事が出来ます。
(1)社会保障制度の充実:少し古いですが2000年頃のデータでは、オランダの高齢者の9割は高齢者だけの世帯で生活し、1割程度が施設で生活し、息子夫婦やら娘やらの親族と同居している人は1-2%しかいないのだそうです。それは、在宅介護サービスを含めた医療・福祉諸制度が充実しており、老人介護を家族が担うという事例がほとんどないから可能な事です。日本のような家族による介護地獄・老老介護といった事態は生じない。だから家族に気兼ねして高齢者が非自発的に自殺する事はないという自信があります。また、安楽死をするには医師の同意が必要ですが、オランダでは「かかりつけ医制度」があり、担当医が当人の性格や安楽死要望に至る経緯、家庭の状況を理解しているということもチェック機能として働きます。
(2)リスクのトレードオフの評価:もう一つは、安楽死はどの国でも行われているという事実認識です。そこから、どんなに禁止しても安楽死はゼロにはならない。それならば、禁止して密室で行われる方が不適切な執行の恐れがあり、これを合法化して、基準を明示して容認する代わりに実施した際は報告を義務化し、ガラス張りの管理下に置く方が適正さを確保できると、言う考え方に至ります。また、安楽死が認められない結果、電車に飛び込んだりビルから飛び降りるより人道的な死を迎えられると言う判断もあります。つまり、禁止した場合の社会的リスクの方が、合法化した場合のリスクより大きいと言う判断です。

「非自発性を防止する社会保障」と「トレードオフの評価」。この二つの論理は、売春合法化にも当てはまります。オランダでは売春も合法化されています。これも、禁止してマフィアの資金源にするより、合法化して登録など国の管理下に置いて、「透明な」飾り窓の中で営業させる方がローリスクだという判断です。

安楽死合法国・州 可決年 合法化された行為 斡旋等を含む売春の合法化
スイス 1942 自殺ほう助 合法
オレゴン州 1994 自殺ほう助 ×
オランダ 2001 自殺ほう助・積極安楽死 合法
ベルギー 2002 積極安楽死 合法
フランス 2005 消極安楽死のみ △斡旋等は違法
ルクセンブルク 2008 自殺ほう助・積極安楽死
ワシントン州 2009 自殺ほう助 ×

こうして見ると、安楽死の合法化を判断する国と売春の合法化は一致度が高いように思えます。豪州でも一部の州で事業としての売春が合法化されていますが、北部準州では過去に自殺ほう助と積極的安楽死が合法化されたことがあります。(後に連邦議会によって無効化されました。)
余談ですが、売春が合法なドイツ・オーストリア安楽死が認められないのは、やはりナチスの忌わしい記憶が残っているからかもしれません。

日本では安楽死も売春も合法化されていません。でもそれは、日本人が道徳的にレベルが高い訳でも、人権を尊重している訳でも、命を大切にしている訳でもなく、むしろその逆なのかもしれません。
非自発性を排除するだけの社会保障制度が無く、福祉・介護制度も貧弱、生活保護は水際作戦で役所の窓口が申請を阻止する。こんな社会で売春や安楽死を合法化すれば、弱者が大量に「非自発的に」犠牲になることがわかっているから容認する訳に行かない。禁止することで抑制を図るしか手がない。それが実態のような気がします。そして、年間3万人という自殺者数が、自殺は良くないことだと倫理ばかりをふりかざしても犠牲者は減らせない、という限界を物語っています。

参考文献:「安楽死のできる国」三井美奈(新潮新書)
参考:フランスの尊厳死法について→こちら
オレゴン州ワシントン州尊厳死法について→こちら
ルクセンブルク安楽死法について→こちら時事通信の元記事はありませんでした。法律に積極的安楽死が含まれているのかちょっと曖昧なのですが…。
その他→● 安楽死・尊厳死wikipedia安楽死の項
売春についてはwikipediaの「売春」の項を見ただけです。間違えがあれば教えてください。

*1:実際には1993年に遺体埋葬法が改正された時から、要件を満たした安楽死は起訴されない制度が確立されていました。

*2:ここでは、積極的安楽死とは致死薬を用いて死に至らしめること。自殺ほう助は、致死薬を処方して本人が服用して死ぬこと。それに対して消極的安楽死とは、延命措置の停止や鎮痛剤を処方して結果的に死期が早まることを容認すること。としています。