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水色あひるblog

はてなダイアリー 「mizuiro_ahiruの日記」 から引っ越しました。

センター試験(英語)を捨てる日、あるいは英語教育のグローバル競争

中高六年間英語を習ってもロクに日常会話も出来ない、という人が日本人には多いです。中学も高校もコミュニケーション志向な授業をしていないのですから、それは自然な結果です。じゃあどんな授業をしているのかと言えば(皆さんご存じのとおり)、高校ではセンター試験(英語)の点数を上げることを目的に特化した授業を行っています。なので、おのずと高校入試(英語)はセンター試験(英語)を縮小コピーしたような内容になり、結果、中学の授業も高校の授業を縮小コピーした内容になります。

で、散々単語と文法を憶えて長文読解の訓練をしたのに、(少し前まで)大学では英語教育なんかまるでしていませんでした。殆ど全ての大学・学部で入試に英語を課すほど重視している(はず)なのに、教養課程で言い訳みたいな必修科目があり、お茶を濁すように英文学部の縮小コピー的授業をしてハイ終わり、です。日本の英語教育は大学入試がゴール。だからゴールを過ぎれば英語教育も終わるのです(少し前までは)。

何でこんな事になっているのかといえば、根本にあるのは「コミュニケーションとしての英語を使うことなんかない。だからそんなの要らない。」という判断です。
北極星のように輝く不動の目標であるセンター試験(英語)は、英語を使う能力を測定することを目的としておらず、その人の「基礎学力」を測定するためにあります。単語やイディオムを記憶する力があるか、文法を理解する力があるか、努力する能力があるか、実用性がないと分かりながらもじっと我慢する能力があるか(笑)。センター試験(英語)で190点を取っても、簡単な会話ができるかどうかも判断できませんが、その人が一般的な意味で「頭が良くて真面目」だと言うことは解ります。だから、学部学科を問わず優秀な学生を選考する手段としては有効です。
実生活で外人と会話なんてどうせしないから、実用性より入試選考の道具として使えることが大事。知能程度を測るモノサシとしての英語教育なのです。

しかし、時代は変わりました。今の若者にとって一番大事な事は、大学入試で役立つ英語よりも就職に有利な英語です。大学の定員は余りまくっていますが、正社員の定員は本マグロのように着実に減少しつつあり、今や絶滅危惧種だという意見もあります。
英語は、「隣の受験生よりも私の方が頭が良くて真面目です」と大学にアピールする手段ではなく、そろそろ日本での正社員採用は止めようかと思案している大企業に対し、「私なら、中国や韓国やベトナムの学生に負けないくらい仕事ができるます」とアピールする手段です。または、中小企業に対し「私を雇えば今後の海外進出or移転計画のお役に立てますよ」とアピールする。あるいはいっそ、雇用能力を失った日本企業をあきらめて海外で就職することを可能にする手段としての。
英語教育の目的は、ドメスティックな入試競争から、グローバルな就職競争へと転換しているのです。
ということに既に気付いている大学では近年、就活で有利になるよう大学での英語教育を大きく転換。コミュニケーション能力志向に切り替え、質を高め、海外への短期語学留学を実施するなど努力をしています。それがどんなにご立派な講義でも、西洋経済史や経済学説史の単位が就職を有利にしてくれるとは思えませんが、「本学学生は全員TOEFLで80点以上あります」と就職課がアピールすれば「ほぉ」と言ってくれる企業もあるでしょうから。

大学での英語教育を更に高めるためには、中学高校の英語教育も転換してくれることが理想です。決して、単語や文法の授業が不要だと言う訳ではありません。ただ、紙に正しい答案を書けるだけの英語はもう役に立たないのです。面接室で使えないと。
でも、センター試験(英語)が存在する限り、高校としては今の特化英語を止められません。いくら先々の就職で役立つと言っても、その前にある入試で不利では「あの高校、有名大学合格者が激減したね」と言われればアウトです。高校だって生徒が足りなくて困ってるのですから。高校が変わらなければ当然中学も変われません。
なので、どこか優秀で意欲ある大学が率先して、入試要項からセンター試験(英語)を外してはどうでしょう。代わりに、TOEFLとかTOEICを使うなり、あるいはオリジナルな試験でも構いません、もっとコミュニケーション志向な試験を課すのです。コストもかかりますし最初は混乱するかもしれませんが、「あの大学、就職で有利らしいよ」という噂が広まれば受験者は殺到するでしょう。きっとペイします。
そうすれば他の大学も追随し、大学入試が変われば高校の授業は放っておいてもニーズの変化を嗅ぎ取り勝手に変わっていきます、おそらく優秀な高校ほど素早く。上流から下流へ、中学の授業も自動的に変わります。

センター試験(英語)自体を改革すればいいと言う意見もあるでしょうが、文科省が動くには10年かかりそうですし、役所主導で「公平・平等・均一な」英語教育改革を実施するより、各大学が競う方が遥かに優れた成果を上げられる気がします。

大学に行かない人達、大企業も海外での就職も目指さない人達にとっても、今の英語の授業は無価値で苦痛以外の何物でもありません。センター試験(英語)を受ける人達と「平等な教育」を受けさせられる巻き添えくっている状態です。
ここでも、コミニュケーション志向化はメリットがあると思います。海外旅行で使える、YOUTUBEが見れる、ジョニーデップ様の声を吹き替えでなく聞ける、外人に道聞かれても逃げないで済む。
みんなにとって改善になるのではないでしょうか。