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水色あひるblog

はてなダイアリー 「mizuiro_ahiruの日記」 から引っ越しました。

貧困を見捨てることで損する人

福祉は甘やかしであり、失業するのも住む家がないのも本人の努力・能力不足が原因だから助ける必要はない。といった意見があります。困窮している人を本当に助けなかった場合、被害を受けるのは誰でしょうか?。
もし失業者がアパートや路上でおとなしく餓死してくれるのなら、彼らを見捨てることは社会の負担を最小化する合理的な行為と言えます。貧者は、南国の雪のように降るそばから勝手に消えていくわけですから、手を差し伸べず見捨てるのが経済的です。でも、現実には貧者は雪のようには消えません。(中には、本当にひっそりと孤独死していく人もいるでしょうが)生きるために犯罪に走る人間が増えるでしょう。
例えば2008年の殺人件数は約1,300件ですが、日本に貧困が多く残っていた1950年代前半には約3,000件ありました。今後貧困が広がれば、殺人件数も過去の日本のように増加するでしょう。既に再増加している犯罪もあります。強盗は、終戦直後の1948年に約10,000件あったものがバブル絶頂の80年代末には2,000件を割る(5分の1以下!)ところまで一度は激減。それが、その後不況で再増加して2003年には約7,600件になっています。バブル後15年で4倍近く増加したわけです。傷害も、1950年代後半に約7万件あったものが一度2万件弱まで減少。それが2003年には約3.6万件まで再増加しています。暴行にいたっては、90年代に約6,000件まで減少していたものが、2007年には約32,000件へと5倍増しています。
秋葉原の連続殺傷事件のように「暴発」してしまう者もいれば、最近は、路上生活より刑務所の方が良い暮らしができると言う理由で確信犯的に犯罪を起こす者も増えているそうです。

貧困を見捨てることで被害を受けるのは、強盗の標的にされる店舗の経営者・従業員や個人であり、金目当ての犯罪で殺される人、傷害や暴行の被害を受ける一般市民です。70年代のアメリカのように、都市部で夜道を一人で歩くのは自殺行為で、暗がりに引きずり込まれ身ぐるみは剥がされて殺されるのがオチというような社会は、誰にとっても不幸です。たとえ派遣切りにあった人の能力が凡庸であろうと、精一杯の努力をしていると言えなくても、セーフティネットを効かせることは犯罪被害と言う社会的負担を減らす効果があります。

少子化についても、同じ事が言えます。年収200-300万の人は結婚できる可能性が低いので、子供を持つことは困難です。これを自己責任だと放置し、子供を持てるのは高い能力を持つか人一倍の努力をして豊かさを勝ち取った人だけだとどうなるでしょう。出生数はどんどん低下します。でも、今後も老人の数がますます増えていくことは確定しています。子供の数が半減したからと言って、それに合わせて老人の数が減ってはくれません。
結果その子供たちが成人した時には、ますます数少なくなった若年層に、ますます重い年金・健康保険・税金の負担がのしかかります。分母が減るほど一人当たりの負担は大きくなります。子供を持つ事が少数の特権になるほど、生まれてきたエリートな子供には悲惨な未来が待っています。

マンキュー経済学でも、累進課税や所得の再分配が正当化される理由の一つは、社会全体が安定している事でより恩恵を受けているのは富裕層だからだという趣旨のことを書いています。自分が平穏に生きていくためには、自分以外の人も平穏に生きていける社会である必要があります。自分の子供に少しでもマシな未来を与えるためには、自分以外の人も子供を持てる=出生数が増える社会を作る必要があります。