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水色あひるblog

はてなダイアリー 「mizuiro_ahiruの日記」 から引っ越しました。

教育の情報を生み出す

 奨学金の貸与をしている独立行政法人日本学生支援機構は新年度から、奨学金の返済が滞っている人の率(未返済率)を、大学や専修学校など学校別に公表すると決めた。(中略)ある国立大の学長は「なぜ大学別に公表するのか理解できない。無用な順位付けにつながりかねない」。別の大学関係者も「率の悪い大学名を公にするのは見せしめのようなものだ」と批判する。

http://www.asahi.com/articles/ASJ3K52W4J3KUTIL02L.html

教育という市場に必要な情報について考えてみます。
私たちはスーパーで買い物をするときには概ね賢く買い物が出来ます。Aスーパーは精肉が安くて質が良い、Bスーパーは日々の特売品が超安い、Cスーパーの惣菜見切り品は安いが総じて不味い、など。賢く買い物ができるのは、これまでに何十回となく各スーパーに行って、それぞれの長短所を「知って」いるからです。賢さを支えているのは潤沢な情報です。
他方、多くの人にとって大学や専門学校に行くのは一生に一度です。生まれて初めての取引で賢く買うのは困難です。
こうした時、経済学では「情報の非対称性」という小難しい言葉が使われます。引き合いに出されるのが中古車屋。売り手はプロでこの一台が良品か壊れる寸前かよくわかっている。他方、買い手は素人でわからない。だから疑心暗鬼で市場が機能しにくい。といった話です。
しかし、教育については少し違います。受験生や親は、その学校の質をよく知りません。十分な情報がないまま、ずさんな学校選びを強いられています。他方、学長や教授連中もまた、卒業生が豊かな生活を享受しているのか、はたまた惨めな人生を送っているのかロクに知りません。卒業生の就労や賃金水準を追跡調査している訳ではないからです。
その意味で、教育は情報が非対称なのではなく、情報が不在と言えます。情報不足では市場がうまく機能しないのは当たり前です。

意外な情報源

そこに登場したのが日本学生支援機構です。奨学金が返済できなくなっている人の比率を学校別に公表する、としています。卒業後の生活の質が良いものになっているか、奨学金を返済できないほど苦しい状況か、延滞率の高低はその学校に通う価値を判断する一助となります。市場に必要な情報が、こんなところに活用されず眠っていた訳です。

日本学生支援機構の遠藤理事長は以前から繰り返しメディアに登場し、延滞率を公表する意向を説明していました。
東洋経済の記事「奨学金「貧困問題」、最大の責任者は誰なのか 返せない人は一部の大学に集中している(2016年1月30日)」に掲載されたグラフによると、全体の延滞率が1.51%であるのに対し、ワースト10校の延滞率は9.07%と、六倍の高率になっています。
日経ビジネスの記事「奨学金理事長「大学にさえ行けばいいなんて、イリュージョン」(2015年3月26日)」では、記者とこんな会話をしています。

遠藤:少し話が変わりますが、今我々のところで一番延滞率が低いところはどこだと思いますか。
(記者)どこでしょう。東京大学ですか、それとも医科系?
遠藤:いえ、高等専門学校です。

興味深い話です。東大より、医学部より、高専

この新たな情報の追加は、学校選びと言う市場の質を改善してくれると思います。現在、学校選びを支えている情報は偏差値です。でも偏差値はその学校の価値をよく知らない受験生の動向で決まる人気投票みたいなものです。大学生に聞く就職人気企業ランキングが的外れなのと同様、偏差値も不正確かもしれません。「延滞率が最も低いのは高専」のように、延滞率が公表されれば偏差値とはまた別の学校の質を知り、「お買い得品=偏差値的には入学しやすいが、延滞率は低い学校」を見つけやすくなります。これからの学校選びのモノサシは偏差値より延滞率になるかもしれません。
学校関係者から「無用な順位付けにつながる」との批判がありますが、偏差値だけで順位付けされている現状より情報(モノサシ)が増えるだけマシです。

公表は「学校別」となっていますが、学部学科別内訳も公表すべきでしょう。大学全体の延滞率は悪くても、ある学部は優秀かもしれません(逆に有名大学の中にダメな学部もあるかもしれません)。受験生は、学校名のブランドにこだわるより大学を一ランク落としても学部学科を選ぶ方が意味がある場合を知ることができます。
延滞率によって奨学金金利を変えるという手もあります。金利が低いほどお金は借りやすいので、質の良い学校へ誘導する効果があります。東大は高専より偏差値勝負で勝っても金利設定では負けるのです。

延滞率情報の欠点

延滞率公表は有意義ですが、欠点もあります。それは、犠牲者を必要とする情報だという点です。誰かが生活に困窮し奨学金を返せなくなることで初めて、学校の質を量る情報が生まれるのです。交通事故死者が相次いで初めて、そこが事故が起きやすい危険個所だと分かるようなものです。
もし、日本以外のまともな国々のように大学の学費をタダにしたり給付型(返済不要の)奨学金を充実させれば、延滞者という犠牲者は出なくなります。が、延滞率という情報も消えてなくなる、という意味でもあります。

幸か不幸か、日本では当面、学費がタダになる可能性も給付型奨学金が行き渡る可能性もなさそうなので、延滞率を公表し続けることができますが、他にもっと良い情報を得る方法はないでしょうか?

教育の質を量る情報を生み出す

例えば、マイナンバーに各人の学歴を登録できないでしょうか? マイナンバーをハブにして学歴と税務情報がリンクできれば、学校別の所得分布がわかります。
東大卒の人達の所得分布、某Fランク大学卒の人達の所得分布。個人名を出さずに統計処理すればプライバシーの侵害にはならないでしょう。延滞情報は、延滞するかしないか白か黒かだけの情報で、延滞していない人が年収200万円から必死に生活費削って返済しているのか、600万円からの返済か、1200万円から鼻歌交じりで返済しているのかわかりません。所得分布があれば、学校の価値がもっとよくわかります。
より細かく、学部別・年齢階層別でも分析できれば面白い。ある大学(学部)は、50代の所得は同世代の平均より高額帯に分布し当時は「一流」だったが、20代では平凡な金額で30年「凋落」していることが判明したり、逆に近年のし上がっている大学や学部があったり。

教育の質や効果を量る情報はかつては入手困難だった。でも、近年の情報工学の進化を使えば、色々と役立つ情報を「生み出せる」のではないかと思います。

これは妄想ですが、学歴別にフローの所得だけでなくストックの資産もわかれば、一流大学出身者よりもボンボン大学お嬢様大学出身者の方ずっと金持ちで、日本では富は能力で得るものではなく一部の家系で世襲しているものだという悲しい現実が分かるかもしれません。

まぁ本題に戻ると、教育を「賢く買う」ためには情報が必要です。スーパーのように何十回も買い物して質を体得するのは不可能なので、一回目で賢く買えるには一層潤沢な情報が必要になります。
まず、価格.comみたいなサイトが欲しいですよね。学校.com。そこに、学部別・年齢階層別の所得分布を載せる。他にどんな情報があるでしょう。例えば、健康保険の種類。組合(大企業)vs協会(中小企業)vs共済(公務員)vs人材派遣健保(派遣)vs国保(自営業・無職)の比率なんてどうでしょう。あるいは、失業保険の利用頻度や受給期間分布(転職がスムーズなら受給期間は短いはず)とか。
卒業後だけでなく学校内の事も知りたい。全学部の全講座のシラバスと使用テキスト一覧を載せて、各教室にウェブカメラつけて講義の様子を流しっぱなしにする。学生が真面目に話聞いているか、階段教室の後ろの方に集まって、お菓子食いながらスマホいじっているか見れるようにする。「オープンキャンパス」みたいな厚化粧して盛りに盛った見世物ではない、普段の大学を公開する。などなど。
そうやって買い手を支援する情報を増やしていくことで、教育機関を選ぶ市場は市場として機能し、劣悪な学校を避けやすくなっていくでしょう。

情報なき市場の費用

国による規制や介入をなくして、教育をもっと市場原理に任せるべきという意見があります。例えば大学に政府から助成金を支給するのを止めて、そのお金を学生に渡して通う学校を好きに決めさせれば良い。そうすれば市場原理で優れた教育機関に学生が集まり淘汰が自然に生じる、と。
しかし、そうした考えは現状では上手くいかないでしょう。日本には専門学校(専修学校)と言うものがあり、他の教育機関に比べると自由に運営されています。もし市場が機能しているなら、専門学校は優れた学校だけが生き残り、文科省が管理する大学などより優れた教育成果を上げているはずです。そうなっているでしょうか? ファッションデザイナーになろう!とかアニメの声優を目指す!みたいな学校が多数あるのは、情報不足のせいで買い手の選別能力が生まれず、市場原理が機能していない結果でしょう。何とかアニメ学院を卒業した人たちの所得分布がわかれば、入学希望者は減るのではないかと思います。
必要な情報がないまま市場に任せる放任は、結局買い手に賢くない買い物=不適切な負担を強いることになります。奨学金が返済できない、というのも、そのような学校が淘汰されていない結果です。
私は専門学校全体を否定していません。中には優れた、それこそ平凡な大学より優れた学校もあるはずですが、問題は、どれがそうか見えないこと。今、入学しやすい大学行くのと専門学校に行くのと高卒で働くの、どれがいいかと問われても答えられず、進路に迷う若者に必要な道先案内がないことです。専門学校含め、広く各学校の延滞率や所得分布がわかれば、そこがリアルにわかります。A大学B学部に行くより、C専門学校が良い。D専門学校に行くくらいなら高卒で働く方が良い、など。
給付型奨学金を増やしたり、北欧諸国のように学費を無償化することは、一方で多く人に教育を受ける機会を与えるメリットがありますが、他方、情報不在のままでは選別が行われず、人々は賢くない買い物を税金使って行うことになり、結果、劣悪な教育機関やそこの教師たちにお金を与え続けるデメリットも生じます。それこそ若い人の夢につけこむ商売に奨学金を流し込む結果にもなりかねません。
遠藤理事長の話では「例えば1年間に一番大きい私立に対して私どもは、200億円も貸与している格好になります。」とあります。貸与と言っても借金を背負っているのは学生であって、学校は200億円受け取っているだけです。学生が200億円の借金を背負う価値がその学校にあるのか? では、200億円を公費で負担すれば問題は解決したと言えるか? (まぁそれでも、質がたとえ悪くても教育の費用を家計に背負わせるよりは公費で負担する方がマシだと私は思いますが。)
従って、仮に今後給付型奨学金が充実していくことがあったとしても、教育の情報を生み出す努力は必須なのです。

おまけ・日本学生支援機構への苦言

今回、このエントリーを書くためいくつかの記事を読んで、とても困りました。機構側が出してくる数字がバラバラなのです。延滞率は、一体何%なのでしょう?
東洋経済が遠藤理事長にインタビューを行った記事の内、後編の記事中のグラフでは(先にも引用したように)全体の延滞率は「1.51%」になっています。でも、前編の記事で遠藤理事長は「延滞債権者の比率は2~3%」と発言しています。
これが、朝日新聞の記事では「未返済者は約32万8千人(未返済率9%)で、滞納額は計898億円」と、まったく違う数字になります。更にJ-CASTニュースの記事では「「延滞者」は約17万3000人(4.6%)。14年度末までの滞納額は計898億円にも及ぶ。」と、延滞額は朝日と同じなのに、延滞率は半分になります。
もう意味が分かりません。使っているデータの定義に差異があるのかもしれませんが、それなら取材の度にコロコロ定義の違う数字をアピールする理由が分かりません。使用する定義を決めて、一貫した数字を出していただきたい。