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水色あひるblog

はてなダイアリー 「mizuiro_ahiruの日記」 から引っ越しました。

最低賃金と公的扶助の逆ラッファー曲線みたいな感じ

以前から最低賃金について考えていたことがあり、クルーグマン氏のコラムと照らし合わせながら、頭の中を整理してみたいと思います。
クルーグマン氏のコラム全訳はコチラのblog→「P.E.S ポール・クルーグマン:あの賃金を引き上げろ」

高い最低賃金のデメリット

最低賃金を引き上げると失業が増加して低所得層・未熟練労働者が職を失い損をする、とミクロ経済学で学びます。ところがクルーグマン氏は「最低賃金の7.25ドルから9ドルへの引き上げ」は良い政策かとの問いに「ちょっと驚きかもしれないが、明らかにイエスだ」と答えています。しかし最低賃金をドンドン上げていい訳でもなく「リベラルな経済学者ですら、最低賃金をたとえば時給20ドルにするのはいろんな問題をうむことに同意するはずだ」とも言っています。ファストフード店など時給20ドルも出すと採算取れない職場では人を雇えなくなり失業が増えるでしょう。これをグラフにしてみます。

横軸が最低賃金(単位:$)、縦軸は失業率ではなく「公的扶助費」としました。日本ならもっぱら生活保護費でしょう。アメリカだとフードスタンプ・住宅バウチャー・メディケイド・TANF(現金給付)など多様な制度がありますが、それらを総合した「貧困者向けの公的な扶助支出全般」と考えてください*1
最低時給を20ドルにしてしまうと失業して生活に困窮する人が増え、結果、公的扶助費が跳ね上がる。でも、7.25ドルから9.00ドル程度なら悪影響はない、という感じです(グラフ描くのがヘタで9.00の方が微妙に上がってますが、それは忘れて下さい)。何故、最低賃金を「ある水準までなら」上げても失業が増えないのか、自分の考えは後の方に書きます。

安い最低賃金のデメリット

他方、クルーグマン氏は安い最低賃金の弊害として、給付付税額控除の「恩恵の一部は労働者にではなく、より低い賃金という形で雇用主に流れていた」と指摘しています。これもグラフにしてみます。

ドルだと感覚が掴めないので舞台を日本にしてますが、横軸が時給(単位:円)、縦軸は月収です。青線が働いて得た賃金。月収が14万円を切ると賃金に応じて比例的に扶助が支給されるとします(図中の赤い部分)。それは生活保護の一部支給でも、給付付税額控除が制度化されたでも、その辺の想定は何でもいいです。収入ゼロの人には12万円支給されるとします。
時給850円だと1日8時間*月21日勤務で14万2800円なので残念ながらギリ扶助無しです。もし時給200円という激安最低賃金が認められると、8h*21dで月3万3600円にしかなりません。生きていけないので、9万1200円ほど扶助が出て、合計12万4800円の収入となります。
しかし、時給200円しか払えない会社なんて経営が成り立っているとは言えず、事実上破綻しています。生存権のために給付している9万1200円の扶助は、同時にダメな経営者に補助金を出して倒産状態の会社を税金で支えることになっています。日本には「雇用調整助成金」という制度があり、経営が悪化している企業が従業員を休業・出向等させる際に賃金の一部を助成しています。これは経済学者から評判が悪いです。税金を使って延命するのでなく、持続不可能な会社は潰して雇用を流動化させ、成長産業・自力で賃金を払える企業に人を移すべきだと。
会社に助成金を出してその金が賃金に流れるか、労働者本人に直接給付するかのルートこそ違え「低い最低賃金+公的扶助」は「雇用調整助成金」と同じです。クルーグマン氏が言うところの「恩恵は雇用主に流れていた」です。
もう一つ、安すぎる最低賃金の問題は競争を歪めることです。例えば「明るい居酒屋のA」と「ブラック企業な居酒屋B」があったとします。Aはバイトに時給850円を払い、Bは200円しか払いません。そうなるとコスト競争上Bが圧倒的に有利になります。なんせ人件費が4分の1以下ですから。Aの「鶏の唐揚げ」が一皿380円なのに、Bに行けば290円かもしれません。客はBに流れ、Aは廃業するか対抗して時給200円に下げるかになります。多分後者を選ぶでしょう。ファストフード店、コンビニ、ファミレスなどでも「低賃金競争」が起きてしまい、ワーキングプアの大増産。公的扶助予算は膨張します。
余談ですが、2010年頃、ANAの社長が「公的資金により競争力を高めたJALが積極的な値下げなど不当廉売を行うことなどを懸念。公正な競争環境が確保されるよう国交省に要望」したのは、助成金や扶助が特定企業にだけ不平等に支給された状況と言えます。

公的扶助の逆ラッファー曲線的なもの

というわけで「高い最低賃金」「安い最低賃金」を合わせると、下記のようなグラフになります。横軸が最低賃金、縦軸が各最低賃金に対応する必要な公的扶助費用です。

必要な公的扶助を最低額に抑えるスイートスポットな最低賃金Xがあり、それよりも高すぎる最低賃金は失業者を増やして公的扶助費を膨張させ、他方、安すぎる最低賃金ワーキングプアを増やして公的扶助費を膨張させる形です。凹型の放物線状。懐かしいラッファーカーブを逆さにしたような感じです*2

神の見えざる手はどこに行った?

このU字状グラフの左半分に対しては反論が出るはずです。時給200円を認めれば、一時的に200円雇用が氾濫するかもしれない。ただ、時給200円で良いとなれば労働需要は激増するので人手不足が生じ、「ウチは時給300円出す」「じゃあウチは400円だ」競争が起きて、たちまち賃金は上昇する。結局賃金相場は戻る、と。
私もそう思います。問題は「どこまで」戻るかで、Xまでは自然には戻らないと思うのです。

経済学の教科書では、最低賃金にメリットはありません。最低賃金が高すぎる(w+)と失業が発生する。最低賃金が安すぎる(W-)と…、労働供給が不足するので放っておいても賃金は均衡水準(w*)まで上がる。競争的な労働市場では「安すぎる賃金」など発生しない。でも、現実はそんなキレイではないでしょう。
貧しい人は働かないと生きていけないので、賃金が安くて不満だからといって労働供給を止めることができません。そこで労働供給を垂直に立ててみます。賃金が下がっても、同じ時間働き続けるとの仮定です*3

これだと、賃金を下げるほど雇用者側は得します*4。利益を追求するなら労働者に払う賃金を抑えるのは当然で、自発的に均衡賃金(w*)まで上げる理由がありません。労働者と雇用者の力関係は対等ではありません。過労自殺するまで働かせ残業代を払わない状況が改善されないのですから、賃金もアンフェアに抑制されていて不思議はないでしょう。つまり、市場原理で賃金は時給200円よりは上がるけど、Xや(w*)水準にまで自然に上がることは期待できないと。
もし現状の最低賃金が(W-)なら、(w*)まで上げても失業は発生しません。だから最低賃金設定は必要であり、適切な水準までなら失業を増やさず賃上げが実現し、労働者にメリットがあると。

クルーグマン氏との違い

私の考えは、最低賃金を7.25ドルから9ドルに上げて問題なかったとすればそれは、時給7.25ドルがXより左、あるいは(w*)より下だったからで、9ドルもまだXや(w*)を大きく超えていなければ失業は増えないという理屈です。
ただ、クルーグマン氏は最低賃金引上げ支持理由について「雇用と解雇にかかわる人間関係は単なる商品の市場においてよりも必然的によりずっと複雑だというものだ。そしてこの人間の複雑さの副産物の一つにより、賃金の最も低い人たちの賃金を幾分引上げても雇用は必ずしも減らないようなのだ」と、非常に抽象的な話をしているので、私のように単純に「労働供給の弾力性がゼロに近い+最低賃金が低すぎる=引き上げても失業は出ない」と考えている訳ではないのですね。

Xと(w*)について

ここまで曖昧にしてきましたが、賃金水準Xと(w*)は同じかどうかはわかりません。私が考えた逆ラッファー曲線の縦軸は「公的扶助費」ですから、X>(w*)で、多少失業を増やしてもワープア層の賃金を底上げした方が公的扶助費が抑制されるかもしれませんし、逆に最低賃金は低めに抑えてワープア層の賃金が下がっても失業が減る方が(ワークシェアリングのような効果で)コストは減るかも知れません。
ただ問題なのは、政府にも誰にも、正確なXや(w*)は分からないし、経済状況次第で最適賃金は日々移り変わっていくので「大体のトコロ」で設定するのが精一杯でしょう。9ドルで失業が増えないかどうかも蓋を開けてみなければわかりません。

おまけ

クルーグマン氏は「今の最低賃金が低いとしても、それを引き上げるのは雇用を犠牲にしてしまうのではと言われるかもしれない。しかしその疑問についても証拠があるのだ。(中略)アメリカの歴史は、ある州が最低賃金を引き上げるのにほかの州が引き上げないといった多くの「自然実験」を提供している。(中略)こういった自然実験からの証拠は圧倒的に最低賃金引き上げの雇用への悪影響はほとんどない事を示している」と述べています。
これについては様々な経済学者による複数の研究があり、「悪影響があった」「いやなかった」「むしろ雇用が増えた」と意見が分かれています。私は、どれかが間違っているというより、結論に差があるのは「何円から何円に(何ドルから何ドルに)上げたのか」「その時の経済状況はどうか」次第で、失業を増やすこともあれば増やさないこともあって当然な気がするんですけどね。

*1:アメリカの公的扶助が決して「低福祉」とは言えない、という記事はコチラを参照

*2:80年代にちょろっと流行った考えなので、知らない方に雑に説明すると、ラッファーというおじさんがレストランでナプキンに山なりの放物線を描いて「税率と税収の関係はこうなる」と言いました。「税率が低すぎると税収が足りない。当たり前。でも、税率を高めるほど税収が増えるかと言えばそうはいかない。ある限界を超えると過酷な税にうんざりして経済は萎縮して、それ以上税率を上げるとかえって税収が下がっていく。今のアメリカの税収不足は税率が低いんじゃない、高すぎるんだ。だからドーンと減税すれば税収は増えるよ」と。当時は単純すぎてバカげていると言われましたが、現在、世界中で起きている「法人税率引き下げ競争」は、ラッファー的考え方と言えます。興味がある方はラッファー氏本人も執筆に参加している「増税が国を滅ぼす 保守派が語るアメリカ経済史」をどうぞ。

*3:八田達夫氏のミクロのテキストでは13章補論で「右下がりの労働供給曲線」が出てきます。「賃金率が下がると、生活が苦しくなるため(中略)労働の供給量が増えるわけです。」との説明。それは、賃金率が高い水準の時に起きる事象と書かれていますが、私はむしろ低所得者層でそうした現象が起きるのではないかと思います

*4:労働供給がスタンダードな右上がりでも、賃金を下げれば生産者余剰が増える可能性はあります