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水色あひるblog

はてなダイアリー 「mizuiro_ahiruの日記」 から引っ越しました。

東京オリンピックの吉凶を妄想する

2020年夏季五輪招致の1次選考、5都市から3都市に絞る足切りを東京が突破されたそうで。うーん、79歳の執念を舐めたらあかんぜよ!、という感じですね。

帰ってきたノスタルジー三兄弟

そういえば先日、東京スカイツリーが開業していましたが、両者は三つ子の兄弟のようなものです。
東武鉄道が新タワー事業に立候補したのが2005年2月、東京が2016年夏季五輪招致に名乗りを上げたのが2005年9月、そして映画「三丁目の夕日」公開が2005年11月。東京タワーを倍サイズでリメイクしても、オリンピックを再演しても、昭和30年代をスクリーンで再現しても、それで高度成長が帰ってくることはないでしょうに。ノスタルジー三兄弟。2005年に日本がこれほど強烈な「あの日に帰りたいヨ」病に侵されていたことは、近過去ながら驚きます。
あれから7年経って、また同じ流れが帰ってきたように見えます。タワー開業ブーム、五輪再挑戦。そして22日のスカイツリー開業式では王貞治氏がテープカットしておられました。なぜ王さん? 王氏が名誉墨田区民だからだそうですが強引な感じは否めません。実際には、王氏が「あの頃」の人だからでしょう。東京タワーの竣工が1958年(昭和33年)、東京オリンピックが1964年(昭和39年)、そして王貞治氏の巨人軍入団が1959年(昭和34年)。あぁ、高度成長。帰ってきたノスタルジー三兄弟(実は映画「三丁目の夕日」第3作も今年1月に公開されていたので、四兄弟かも)。

1964年の東京五輪は高度成長とともにありましたが、もし2020年五輪が東京に来ればどうなるか?。その吉凶パターンを妄想してみました。

吉パターン

日本は恥の文化。特に外国に恥を晒すのは嫌いです(逆に、外国が日本や日本人を評価してくれるととても喜びます。最近はそれを、ホルホルするというらしいですが)。2020年と言えば、それまでには国債の買い手も尽き、いよいよ日本の財政が破綻していてもおかしくない時期です。
今の欧州を見ると、ソブリン危機が生じた後になって緊縮財政を組むことがいかに困難かがわかります。仏では社会党のオランド氏が大統領になり、独の地方選ではメルケルさんの党が大敗続き。震源ギリシャは当然ボロボロです。日本も本来なら、そうなるでしょう。政治は麻痺して責任の押し付け合い、解散に次ぐ解散。国民は「悪いのは政府で俺は被害者だから増税反対」と言う。ある人は「これは米国の陰謀だ」と言い、別の人は「中国あるいは韓国の陰謀だ」と主張する。etc etc
それをオリンピックが救ってくれるかもしれません。「今、緊縮財政を組まなければ日本は破綻し、史上初の『オリンピック開催に失敗した国』になる。工事途中で放棄されたスタジアムが世界中に放送され恥を晒すことになる。それだけは避けなければならない」という「世間体を気にする本能」が発動。国民が空気を読んで一致団結。「贅沢は敵だ」「欲しがりません、オリンピックが終わるまでは」という合言葉のもと、大増税社会保障の大カットが進み、破綻が回避される奇跡の物語です。

凶パターン

恥の文化が裏目に出るパターンもあります。ギリシャは、ユーロ加盟による信用バブルという砂上の楼閣の上で2004年オリンピックを開催し、後に国家経済統計の捏造が発覚して、破綻しました。まぁギリシャの場合、別にオリンピックの為に統計を偽造したわけではないのでしょうが、日本人ならひょっとして…。
201X年、ついに国債の入札に未達が生じたが、その事実を公表すればパニックになり迫りつつあるオリンピック開催にも失敗してしまう。世界でただ一人『オリンピックを潰した総理大臣』として歴史に名を刻まれるのは絶対イヤダ!。というか、そもそも俺はオリンピックなんてちっとも開催したくなかったんだ。それをあのクソジジィが勝手に引っ張ってきやがって。もはや国債を日銀に無理矢理買わせるしかないが、日銀に買わせているという事実がバレても市場は崩壊する。あぁ恥をかきたくない!俺の責任じゃないのに!。なんとかしないと、…かくなるうえは財務官僚とゴニョゴニョして…、米系投資銀行に裏から金を回して投資銀行が日本国債を購入しているような工作を…。これで急場をしのいで、なんとしてもオリンピックを無事に終えるまでは問題の先送りをして破綻回避を…。みたいなみたいな。で、閉会式の翌月に何故か突然総理が辞任して…。え?なんで辞任?とみんなが不思議がっていると…。みたいな。
やー、妄想楽しいなぁ。

低支持の背景

石原都知事は、IOCの世論調査で都民の支持率が低迷したことについて記者会見で、「東京も薄っぺらくて薄情な街になってしまった」とぼやいた。そうですが、五輪招致に市民が薄情なのは、果たして2020年に無事五輪が開催できるのか?日本の8年後にぼんやりとしたリスクを、今から引き受けると恥をかくかもしれないリスクを、感じているのかもしれない、とまた妄想してしまいます。