読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

水色あひるblog

はてなダイアリー 「mizuiro_ahiruの日記」 から引っ越しました。

エルピーダに足りなかったのは、強欲な株主かもしれない

エルピーダメモリーの経営破たんについては、「エルピーダよ、2度目の敗戦を無駄にするな」をはじめとする湯之上隆氏の各記事や、はてブ等で注目を集めた「先日倒産したメモリメーカーの友人と飲んできた話」togetter「竹内健氏が語るエルピーダ倒産の原因」など優れた記事がたくさんありますが、私も少し考えてみました。なぜ今破綻したのかというより、なぜ今まで事業を続けたのか、についてです。

Intelの苦しみ

インテルの三代目CEOだったアンドリュー・グローブ氏が著書「インテル戦略転換」の中で、同社の80年代の苦難を詳しく書かれているので、これを紹介します。『 』内が引用、(…)が引用の中略、−−この部分−−が私の補足文です。*1

インテルの創立は1968年。(…)最初の製品は64ビットメモリーだった。この数字はタイプミスではない。64個の0と1を記憶できる製品だったのだ。(…)70年代の終わりには、10社以上の企業がこの業界に登場していたと思う。(…)そして我が社は勝った。事業を立ち上げて十年で(…)インテルといえば、メモリー。逆にメモリーといえば、たいていはインテルを指すようになっていた。』
−−しかし幸福な時代は長続きしません。インテルに襲いかかったのは、ニッポン企業です。−−
『今度は日本のメモリー・メーカーが舞台に登場してきた。(…)当初はわれわれ米国企業の生産量不足を補うという役割を担っていた(…)ため、当時の日本企業進出には、われわれも救われた。(…)ところが、80年代になると状況は一変し、日本企業は総力を挙げて臨んできたのだ。それはすさまじい勢いだった。』
『日本を訪問した人たちからは恐ろしい話を聞かされた。例えば、日本のある大企業では、巨大なビルが丸ごとメモリー開発事業関連の部署で占められているというのである。(…)世代別にメモリーを開発しており、しかもすべての開発が同時に進んでいるというのだ。(…)その後、われわれは品質に関する問題に突き当たった。日本製メモリーの方が品質が安定していて(…)優れていると、ヒューレット・パッカードの経営陣から報告されたのだ。(…)われわれの最初の反応は、「否定すること」だった。そんなことはありえない、と。この種の状況に陥った者なら誰もがするように、われわれはその縁起でもないデータを激しく攻撃した。(…)間違いがないことを確認して初めて、製品の品質向上に取り組み始めたのである。だが、そのときには既に大きく遅れをとっていた。』
『日本企業は資金力でも優位に立っていた。彼らの資金源は無尽蔵だった(少なくとも、そう噂されていた)。政府の援助なのか。親会社が、他部門の収益を回しているのか。あるいは、輸出型メーカーはわずかなコストで資金調達が可能だという、日本の不可解な金融市場の仕組みによるものなのか(…)正確なことはわからない。しかし、事実に議論の入り込む余地はなかった。』
『日本のメーカーは、われわれの目の前で、世界中の半導体を乗っ取ろうとしていたのだ。とはいえ、彼らの国際市場への進出は、一夜にして起こったわけではない。(…)それは10年以上の年月をかけてのことだった。』
『彼らの最大の武器は、高品質の製品を、驚くような安値で提供できることだった。あるときわれわれは、日本の大企業が販売部に宛てた社内メモを手にしたことがある。そのメモはこう呼びかけていた。「10パーセントルールで勝とう…AMDとインテルの足元を見よ。…両社より10パーセント低い価格を提示しよう…もし両社が値下げしたら…再度10パーセント下げよう…勝つまで続けよう!」。この種の出来事は明らかにやる気をなくさせたが(…)何とか自分たちの商品にプレミアムを付けたいと死にもの狂いだったのだ。日本との単なる値下げ競争には勝ち目がなかったからだ。』
『日本を訪問したインテルのスタッフたちは、帰国後の報告の中で、日本のビジネスマンについて次のように述べていた。かつてわれわれに大変な尊敬の念を抱いていた彼らが、今では、われわれを嘲笑の目で見ているようだ、と。*2
−−1984年の秋、半導体不況がインテル社を窮地に追い詰めます。−−
『もはや、メモリーなど誰も必要としていないようだった。(…)日本製メモリーと戦っているうちに、損失は次第に膨らんでいった。(…)魔法の製品を生む解決策を探し続けた。(…)あるグループの提案は(…)「メモリーだけを生産する巨大工場を建設して、日本製品を打ち負かそう」という提案だった。また別の意見もあった。(…)こうした議論を戦わせている間にも資金は出ていく一方だった。(…)当時のわれわれは、どのようにすれば状況が良くなるのかという明確な考えもなしに、ただがむしゃらに働くだけだった。途方にくれたまま、死の谷をさまよい歩いていたのだ。』


−−そして、大きな転換点を迎えます。−−


『目標もなく迷っている状態が既に一年近く続いていた、1985年半ばのある日のことだ。私は自分のオフィスで、わが社の会長兼CEOであった、ゴードン・ムーアとこの苦境について議論していた。そこには悲観的なムードが漂っていた。私は窓の外に視線を移し、遠くで回っているグレート・アメリカ遊園地の大観覧車を見つめてから、再びゴードンに向かってこう尋ねた。「もしわれわれが追い出され、取締役会が新しいCEOを任命したとしたら、その男は、いったいどんな策をとると思うかい?」。ゴードンはきっぱりとこう答えた。「メモリー事業からの撤退だろうな」。私は彼をじっと見つめ、無感覚のうちに、こう続けた。「気持ちを切り替えて、われわれの手でやろうじゃないか」。』
『この一言とゴードンの後押しを受け、われわれはつらく険しい旅に乗り出した。』

資本の論理がIntelを救った?

この決断の後、インテル社は私も知っているプロセッサーを作る“インテル入ってる”の会社になり、大きく成長します。決断した後もいろいろ大変だったようですが、その辺に興味のある方は本を読んでください*3
で、私が思ったことは二つ。①日本の企業経営者は、問題を先送りして決断しないとか、韓国など新興国をあなどり自滅すると言われます。が、著書を読む限りグローブ氏のような優れた経営者でも不都合な真実に向き合うのはつらく、対応は後手に回ってきたことが分かります。インテルと日本の半導体メーカーの衰退は双子のようです。途中までは。②その後の明暗を分けたのは、引用の最後「もしわれわれが追い出され、取締役会が新しいCEOを任命したとしたら」という「if」を考えて決断できたことが両者の差ではないかと。
それは、株主が企業の所有者だという資本の論理です。強欲な株主は利益を生まない経営の継続を許さない。その株主の意を受けた取締役会は、必要ならCEOを追放してでも経営の立て直しを図るべきもの。グローブ氏の決断は、いわば「殺られる前に殺れ」。株主・取締役会が動く前に株主=会社の所有者の立場に立って戦略転換を打ち出したわけです。プロセッサー事業に挑戦しても成功する保証はありません。でも可能性はある。このままジリ貧のメモリー事業を続ければ赤字になりいずれ経営責任を問われる。だったら可能性がある方がマシです。
日本は違います。エルピーダメモリーは2009年3月期決算に当期純損益1,789億円の赤字を計上。市場から企業そのものが追放されかけていました。しかし、そこへ「国」という温情あふれる株主があらわれ、日本政策投資銀行を使ってポンと300億円出してくれました。日本からメモリー事業の灯が消えるのは忍びない。ものづくり大国の誇りを守ろう。社長兼CEOもそのままでいいよと。でも今回、製造業では過去最大4,480億円の負債を抱えて経営破たんしました。
強欲な株主が挑戦的な経営の背中を押してインテルを救い、他方、優しい株主が仇となってエルピーダは損失を膨らませた形です。

経営者は適応する

これはエルピーダインテルといった個別の話でなく、市場の構造的な問題です。経営立て直しの意思決定の速い順で言うと、①現経営者が、機先を制した経営戦略の刷新をする>②株主・取締役会によって経営者が交代させられ刷新する>③「責任者たるもの出処進退は自ら決める」の日本流引責辞任で刷新する>④刷新されないまま倒産、でしょうか。日本では②が適切に機能しない*4ので①を促す力もなく、結果、早くて③*5、遅いと④になります。

日本で「今期、赤字決算だとオレ追放されちゃうかな…」という「if」を考えている経営者がどれだけいるでしょう。
ここに、テレ東WBSで2月27日放送された「エルピーダ会社更生法申請」の動画があります。この中の3分30秒付近から、2003年当時の坂本社長にインタビューしたVTRがあり、そこで氏は「責任の取り方っていうのは、企業はやはり甘いですよね。だから日本の企業は赤字をずっと垂れ流しても、まだ社長で残っていられる」と発言されています。
「昔言ったことと、今やってることが随分違うのでは?」とイヤミを言っても始まりません。ここにいたるまで、株主も取締役会も誰も彼に辞めろと引導を渡さないから辞めないのであり、経営戦略を転換しなきゃならない筋合もない訳です。坂本氏は、政府支援も含め「そのままでいいよ」と言われている環境に適応したのであり、グローブ氏もまた「このままでは認められない」という環境に適応したのです。

鷲津政彦待望論

エルピーダはもう手遅れなのかもしれませんが、他にも、今の経営でいいのか?と疑念を感じる企業は少なくありません。テレビ事業が8年連続赤字でも抜本的なメスを入れないように見えるSONYとか、そもそも日本には家電を作っている企業が多過ぎるのではないかとか。金融機関・系列・持ち合いといった安定株主の皆さん、本当にこのままでいいんでしょうか?。
かつて市場で暴れ回っていた「村上ファンド」のような存在は、日本では忌み嫌われています。「汗もかかずに金の力で企業を支配するな」とか「強欲」「ハゲタカ」などなど。でも、経営者が空を見上げれば常にそこにはハゲタカが舞い、赤字経営、低収益の漫然とした継続、あるいは過剰な内部留保を貯め込み活用しない経営などをしているとたちまち襲われ、時には経営陣が首を切られ、買収され合併され、時には解体されて事業が切り売りされる。そうした危機感が、結局企業を「生かす」のではないかと思います。
日本には、真山仁氏が描く小説「ハゲタカ」シリーズの主人公・鷲津政彦のような、強欲で優秀な投資家が必要な気がします。

*1:引用のほとんどは第五章から。一部、第六章からの引用が含まれています。改行は無視している箇所があります。

*2:この一文が第六章からの引用。

*3:一応念のため、「インテル戦略転換」はインテルの社史本ではありません。内容についてはamazonのレビューあたりを参照下さい。

*4:余談その1:日本での②の成功事例は日産でしょうか。ルノーという大株主によってカルロス“コストカッター”ゴーン氏が送り込まれ、日産の伝統やしがらみに縛られない経営の立て直しを実行しました。

*5:余談その2:「自ら決める」という美辞麗句とはうらはらに、引責辞任はしばしば手遅れになってから行われ、また引責のはずが自らは会長に納まり子飼いの部下を社長に引き上げるといった例も少なくありません。そんな中、日本マクドナルド原田泳幸氏をヘッドハントしたのは素晴らしい成功でした。