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水色あひるblog

はてなダイアリー 「mizuiro_ahiruの日記」 から引っ越しました。

早期寿命優遇制度

昨日のエントリーの「安楽死法」は、立場の弱い高齢者が自殺を強いられるコワイ話でしたが、今日は「本当に自発的に」死を選ぶ話を書きます。

一日でも長生きして人生を謳歌したいというポジティブな人も世の中には大勢いるでしょうが、内心それほど長生きしたくはないと思っている人も、実は結構いるのではないかと思っています。私はその一人です。
認知症になるのは絶対イヤですし、ガンで長い期間苦しんで死んでいくのもイヤです。そうなる前にポックリ死んでおきたい。もし私が脳梗塞を起こして救急車で病院に連れ込まれて、全身麻痺の後遺症を抱えて目が覚めたら、感謝するより医師を恨むと思います。何故そのまま逝かせてくれなかったのかと。寝たきりで過ごすこの先の苦痛に満ちた人生、お前(医者)は責任取れるのか?、と思ってしまいます。
とは言え、予告なしにやってくる突然死も困りものです。本棚の隅の年齢制限付きDVDとかPCのHDDの中身とか、事前に処分しておきたいものがあります。まぁエロ関係といった瑣末な事は抜いても、身辺整理しておきたい物事が誰にでもあるでしょう。

健康面の他に、長寿は経済的なリスクでもあります。自分が何歳まで生きるかわからないから、人は現役時代に貯蓄に励み、退職後もなるべく資産を食い潰さないよう努力します。ヘタすれば100歳まで生き続けるかもしれない。晩年、介護に多額の金が必要かもしれない。どれだけ金を残しておく必要があるか見えないのは非常に不安です。
もし自分が75歳で死ぬとわかっていたら。今65歳で4000万円の金融資産があるのなら、残り寿命10年で割って毎年400万円ずつ消費に回すことができます。厚生年金が年250万円あれば、合計で年650万円の金が使えます。存分に旅行して外食して孫に山盛りオモチャを買ってあげることも出来ます。
それ以前に、75歳で死ぬと分かっていれば現役時代に4000万円も貯金を積む必要がないとも言えます。年400万円あれば十分なら、年金分を差し引いて必要貯蓄額は150万円*10年の1500万円で済み、差額の2500万円は現役時代に消費に回していて良かったことになります。あの時我慢した大型テレビや自動車の買い替えも、全部買ってかまわなかったのです。

本来は、政府の年金制度が信用出来て、安価で充実した介護サービス制度を信用出来れば、現役時代に過剰貯蓄しなくても安心して老後を過ごせるのでしょうが、これからの日本でそれは無理な話でしょう。ですから、自ら寿命を決めれば安心して生涯のマネープランを組む事が出来ます。

というわけで、自分で自分の寿命を決める制度=「早期寿命優遇制度」を導入できないでしょうか。「不治の病でない人にも安楽死を認め」て、かつ「制度利用者は一定の優待策を提供する」と言うものです。

例えば、50歳の時点で「私の寿命は70歳」と役所に申請します。もちろん、70歳までに病気や事故で死亡すれば、それも良し。70歳時点で死亡していなければ、病院に行って安楽死の処置を受けられるというものです。寿命を決めれば、先ほど書いたように安心して金を使うことが可能になります。計画的に身辺整理ができます。認知症や麻痺を抱えて生き続けるリスクから解放されます。
優遇、というのは、例えば年金の前倒し給付を認めることです。50歳で70歳寿命を宣言した場合で考えます。仮に男性なら50歳での平均余命は31歳ですから、統計的には先々65歳から81歳まで16年間年金を受給したはずです。なので、この16年分の年金を50歳から給付してもらえるのです。早期寿命を申請しなければ、先々かかったであろう医療費や介護費を回避できるのですから、年金には一定のプレミアを上乗せしてもいいでしょう。早期退職者に割増退職金が払われるような感じです。
…、優遇って年金だけかいっ!て感じですが、他の優遇は追い追い考えればよいかと。

制度を構築する上で、いくつか留意すべき点があります。
最大の不安は、昨日書いた安楽死のように、本人の意向ではない早期寿命申請が強要されるリスクです。経済的に困窮した家庭で、子供から「もうお母さんの面倒は見れないからね」といった姥捨てが行われ、死にたくないのに早期寿命を選択させられるケースです。また、重い病気にかかっていて心が弱っている人の申請も、冷静な判断を欠いている恐れがあります。
様々な不適切な申請を避けるため、制限を設けます。(1)申請者の年齢は50歳から59歳に限定する(若過ぎる申請は自身の老いへの考え方が定まっていないだろうし、逆に老いが進んでからの申請は、本人の悲観や周囲からの圧力による恐れがあるので不可とします)。(2)医学的・経済的に健全な人だけが申請できる(既に重い病気にかかっている人、経済的に困窮している人などは申請できません)。(3)設定できる寿命は65歳以上80歳未満で、かつ申請時から10年以上先とする(いくら早期寿命と言っても、65歳未満は死期として若過ぎる気がしますし、逆に80歳以上では統計的に早期と呼べなくなります。また、今日申請して明日死にたいでは、明らかに何かショックがあっての感情的申請だと思われるので、申請から寿命までの間には10年以上のインターバルを設定します)。
こんな所でしょうか。

いざ申請した寿命がきた時に、「やっぱり怖いから死ぬのはイヤ」という契約不履行も生じると思います。さすがに強制死刑とはいかないので安楽死執行は取り辞めますが、行政的には「準死者」なので、年金はもう給付済なのでそこで打ち止め。ガンなどが発見されても、人道的見地から緩和医療(痛みを取る)は行いますが、治療はしない。健康保険の適用停止(全額自己負担)。選挙権の停止。などのペナルティを受けてもらいます。

「強要」を避けるシステムさえしっかり確保すれば、決して悪い制度だとは思わないのですが、いかがでしょう。
今は、医学が進み過ぎて人が死ぬに死ねない状態に陥りつつある気がします。制度ができれば、私同様、過剰な長命を望まない人が申請すると思いますし、そうすれば将来への恐怖から過剰な貯蓄を貯め込む必要が無くなり、景気はぐっと良くなると思います。
自分の寿命をコントロールできるということは「自分の老後が子供の負担にならない」ということでもあるので、出生率的にもプラス方向に寄与するのではないかと思います。