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水色あひるblog

はてなダイアリー 「mizuiro_ahiruの日記」 から引っ越しました。

結婚に愛を求めるから離婚する

ほんの少し、200年くらい昔に還ると人はほぼ農民でした。農民は、身体が弱り田畑を耕せなくなる前に結婚して子供を産んで育てておかないと、老後は飢えて死ぬことになります。死にたくなければ、自分に代わる労働力を確保するために適切な年齢で結婚して子作りせざるを得ず、結婚+子作りは愛情の結果と言うより生存維持手段と言えます。現在で言えば、就職に近いかもしれません。
結婚相手に好みの容姿や性格を求められるのは、ほんの一部の人だけ。今でいえば大手企業から引く手あまたのエリートでしょうか。普通の人は年収200万の派遣でも我慢せざるを得ないように、普通の農民は「まともに働く相手」ならそこで手を打つ必要があります。

時代が流れて職場が田畑から工場や会社へ変化していった後も、つい最近、具体的には1950年代頃までは、ことの本質は変わりませんでした。ことの本質とは、「福祉の欠如&親の老後の面倒は子供が見るという状況」です。老人福祉施設がなく、所得水準が低いので老後の面倒を金で解決するほどの蓄えも多くの人にはありません。適切な年齢で結婚して老いを迎えるまでに子供を成人させ、経済的&物理的に自分たちの老後の面倒をみてくれる人を確保しておかないと、やはりマズイ事態になります。結婚+子作りが生存維持手段として、依然必要です。
この時代はある意味、農民時代より「不便」でした。かつて農民だった頃は、家と職場(田畑)がすぐ傍ですから労働も子育ても夫婦共同、一緒に田畑を耕して子供の様子を見ることができました。また生活の多くの部分は自給自足でした。都市化による職住分離と貨幣経済化でむしろ状況は悪化します。夫が工場で働いて生活費を稼いで家事育児は妻に任せ、妻は夫の稼ぐ賃金で生活する必要が出ます。女性が労働市場から切り離されたこの一時期が、最も相互依存の強かった時期かもしれません。

この、1950年代頃以前の生活の不便さは、私には想像もできません。夜まで開いているスーパーもコンビニもなく、冷蔵庫もない。夕暮れには閉まる商店に毎日行って、肉や魚はその日に調理しないと腐ることになります。紙おむつも洗濯機もない。自分が着る服も子供の布おむつも一枚一枚手洗い。冷凍食品もレトルトもない、電子レンジはおろかガスレンジも炊飯器もない。湯を沸かすのさえ一仕事です。
ところが、1960年代〜80年代に社会が急激かつ劇的に変化します。医療や福祉の向上と、所得の向上、生活のあらゆる面での利便性の向上、驚くような自動化の発展。そして女性の社会進出。老後の生存維持手段として子供を作っておく必要が薄れ、結果、結婚の必須性もなくなっていきます。数千年、ひょっとしたら数万年続いてきた「死にたくなければ子作りが必須」という状況がたった20年、30年ほどで消失していきます。

社会が急激に変化しても、文化や風習の方がついていけません。親は、子供達にも自分と同じように結婚することを望み、社会もそれを強要します。「結婚しないなんておかしい。子供作らないなんておかしい。」という猛烈な圧力の中で、当事者たちは困惑します。「何のために結婚するんだろう???。」
そこで唐突に出てきたのが「愛があるから結婚するんだ」という答えです。きっと、人はそれなりの年齢になると愛する人ができて結婚するのだろう、あるいは、そうすべきなのだろう、と。そこで、人々は見合い結婚をやめて恋愛結婚するようになりました。結婚が生存維持手段で就職のようなものなら、一日の面接で相手決めることも可能ですが、「愛があるから結婚する」のであれば、そうはいきません。

近年、離婚率が高まっているのは自然なことだと思います。昔のように生きるために必要があって結婚している訳でなく「愛してるから結婚する」のですから「愛が無くなれば離婚する」ことになります。愛以外に婚姻を維持させる要因がなくなっていけば結婚が不安定なのは当然でしょう。離婚を批判して、若い人は我慢がないとか努力しないと言われますが、結婚そのものに我慢したり努力して継続するほどの価値も意味も無くなっているのです。
じゃあ昔の結婚に愛はなかったのか?、と言えばそうではありません。ただそれは、今よりずっと事後的なものだったはずです。人は、自分の傍にいる人を好きになる傾向があります。ずっと一緒に働いてきた同僚を好きになって職場結婚するのはよくある話。ですから、ずっと一緒に田畑を耕して一緒に子育てしていれば、愛情が芽生えるのは不思議でも珍しくもないでしょう。

結婚は今、したい人はすればいい嗜好品になっており、その原因は子供を作る必須性の消失です。
ですから、離婚の増加だけでなくそもそも結婚しない人や結婚しても子供を作らない夫婦が増えているのも当然です。社会が変化して50年ほどたち、徐々に「実は結婚する必要なんてないんじゃないの?」とか「子供って…必要か?。」いうことに皆気付き、社会的にも認知されてきたからです。
その結果、「出来ちゃった婚」が増えるのも自然です。つまり、二人の愛情だけであれば結婚する必要はなく、子供を作ろうと積極的に動くこともない。でも子供ができれば、戸籍の問題や扶養の共同責任を明確化するために結婚した方が良いだろうと言う判断が働くわけです。